福岡地方裁判所小倉支部 昭和60年(ワ)35号 判決 1986年6月11日
原告
井上九州男
被告
林孝男
ほか一名
主文
一 被告両名は各自原告に対し、一三三万五一七〇円(但し、被告有限会社林米穀店は一三二万〇三三〇円)及び各金員に対する昭和五九年七月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告両名に対するその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余は被告両名の連帯負担とする。
四 この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
(請求の趣旨)
一 被告らは各自原告に対し、金四五三万五、九七四円並びにこれに対する昭和五九年七月五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 第一項につき、仮執行の宣言
(請求の趣旨に対する答弁)
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
(請求の原因)
一 本件事故の発生
昭和五九年七月四日午後〇時五〇分頃、直方市大字頓野三、八七二―二先路上に停止中の原告運転の普通貨物車(久留米40え・199、以下「被害車」という)に被告林孝夫(以下「被告林」という)運転の普通乗用車(福岡56つ9116、以下「加害車」という)が後進して衝突し、原告が外傷性頸椎症の傷害を負つたものである。
二 被告らの責任
被告林は、後進する場合には後方をよく注視する義務があるにもかかわらず、これを怠つたために本件事故が起こつたものであるから、民法七〇九条による責任がある。
被告有限会社林米穀店(以下「被告会社」という)は、右被告林運転の加害車を保有し、運転の用に供していたので、自賠法三条による責任がある。
三 損害
(一) 治療費 金六七万三八二〇円
原告は本件事故による傷害治療のために右金額を支出した。
(二) 逸失利益 金二五〇万二八七四円
1 原告は、昭和五九年三月一日から訴外日東農研工業株式会社(以下「日東農研」という)のガラス温室の施行・資材の販売等の仕事を始めた。
原告は右会社の営業員として、第三者より契約を取り、その契約手数料中四割が原告の収入となつた。
昭和五九年三月一日から同年七月三日までの契約手数料は金三六四万六、〇〇〇円であつたので、原告のその間の収入は金一四五万八、四〇〇円であり、一日の収入は金一万一、六六七円となる。その内、二割は交通費として費消するので、実収入は一日金九、三三三円である。原告は昭和五九年七月四日から昭和六〇年一月五日まで一八六日間働くことができなかつたので、その間の損害は金一七三万五、九三八円である。
2 原告はその他毎日新聞の販売店を営み、昭和五八年度の収入は金二八二万七、二二一円であつたので、一日の収入は金七、七四五円である。
原告は昭和五九年七月四日から昭和六〇年一月五日まで一八六日間働くことができなかつたので、その損害は金一四四万〇、五七〇円である。
3 右合計額の内金二五〇万二八七四円を請求する。
(三) 慰謝料 金九〇万円
原告は昭和五九年七月四日から現在も前田整形外科に通院治療中である。この間の慰謝料は金九〇万円が相当である。
(四) 車の修理代 金二万一、二〇〇円
(五) 交通費 金三万八、〇八〇円
原告は、昭和五九年七月四日から昭和六〇年一月五日までの間に一三六日通院した。一回のバス代は金二八〇円であるから、交通費は金三万八、〇八〇円である。
(六) 弁護料 金四〇万円
原告は福岡県弁護士会所属弁護士安部千春に本訴を委任し、勝訴した場合には報酬としてその一割を支払う約束をなした。
この弁護料も被告らが負担すべきである。
四 結論
よつて、原告は被告らに対し金四五三万五、九七四円並びにこれに対する事故の翌日である昭和五九年七月五日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(請求の原因に対する答弁)
一 請求の原因一のうち、原告が傷害を負つたとの点は否認し、その余は認める。
本件事故は、被告が加害車を方向転換するため、一旦自己の車庫内に入庫させて斜右後方へ約三、三メートル、時速四ないし五キロメートルで後進させた際、停車していた被害車と衝突して発生したものであつて、衝突の程度(衝撃)は極めて軽微で、到底運転者が頸椎捻挫、その他の身体傷害を受けるようなものではない。右の事実は、加害者の衝突部位である車体後部右のライトのガラスさえも割れていない状況からも推認できる。
原告の主張する外傷性頸椎症の発症自体信じられないが、昭和五九年七月四日から昭和六〇年一月五日まで通院していることは過剰診療で本件事故と因果関係の範囲外の治療行為である。なお、本件事故は極めて軽微であつたため、警察としても人身事故としては取扱わず物損事故として処理している。
二 同二は否認する。
三 同三のうち、(四)は認め、(一)、(三)は否認、(二)、(五)、(六)は不知。
(抗弁)
被告は、一旦車庫入庫のため、衝突場所附近を直前に通つてきたが、その際被害車は衝突場所に停車していなかつた。被告は車を入庫させて直ちに後進させたのであるから、その間僅か数秒位の間に突然原告車が車庫の前に進入停車していたもので、しかもその場所は入庫して後進しようとした際車庫の右壁にさえぎられて被告席からは死角に近い場所であつた。このような状況で被告はそのような場所に原告車が突然に進入停車しているとは予想出来ず、発見も困難であつたために発生した事故である。他人の敷地内の車庫の前に理由なく進入停車していた被告にも衝突された原因がある。よつて五〇パーセントの過失相殺を主張する。
(抗弁に対する答弁)
抗弁のうち、加害車が後進中に、被害車と衝突したことは認め、その余は全て争う。
第三証拠
本件記録中の書証目録、証人等目録のとおり引用する。
理由
一 本件事故の発生
請求の原因一の事実(但し、原告が受傷したとの点を除く。)は当事者間に争いがなく、原告受傷の点については、後記三で認定のとおり、原告は本件事故によつて外傷性頸椎症の傷害を受けたことが認められる。
二 被告らの責任
後記三認定のとおり、本件事故は被告林の加害車を後退させる際の注意義務懈怠により生じたものであるから、同被告は民法七〇九条により原告の後記損害を賠償する責任がある。
また、成立に争いのない甲第一〇号証、乙第三号証と被告林兼被告会社代表者本人尋問の結果(以下「被告本人尋問の結果」という)及び弁論の全趣旨を総合すると、被告会社は加害車を保有し、被告林の運転の用に供していたことが認められるから自賠法三条により原告の身体を害したことによる損害を賠償する責任がある。
三 本件事故態様と原告の受傷等
1 本件事故の具体的態様
前掲甲第一〇号証、乙第三号証、成立に争いのない乙第六号証、昭和五九年七月五日に東木勝治が撮影した被害車の写真であることに争いがない乙第一号証の一、二、昭和六〇年五月二〇日に被告が撮影した本件事故現場の写真であることにつき争いがない乙第四号証の一ないし四、同年六月一日に被告が撮影した本件事故現場の写真であることにつき争いがない乙第五号証の一、二、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)及び被告本人尋問の結果を総合すると次の事実が認められる。
(一) 本件事故現場の状況は別紙事故発生状況図(以下「図面」という)のとおりで、現場は交通頻繁な国道二〇二号線に面しており、当初、原告は図面A点で右折すべく停止していたが、対向車が多く、後続車の警笛などもあつて、一時図面B点付近に移動して車の流れを見ていたこと
(二) 被告林は図面記載の居宅で米穀、灯油販売業を営んでおり、その敷地は図面記載のコンクリート塀、国道、市道で囲まれた部分であること、灯油計量器付近(同図面五・〇メートルの記載からコンクリート塀側)はコンクリート敷きで、一見ガソリンスタンド風であること、被告車庫(二)は二台収容のシヤツター付車庫であるが、被告車庫(一)はスレート屋根、コンクリート舗装の開放形式車庫であり、被告側では主に被告会社従業員の車を駐車させていたこと
(三) 本件衝突場所付近はアスフアルト舗装で、国道と敷地境界付近には溝があり、コンクリートで覆われているものの出入りは自由であること、車庫側はやや高く、国道側に向かつて傾斜していること
(四) 被告林は図面C点に駐車してあつた加害車に乗車すべく、徒歩で被告車庫(一)に赴き、乗車し、後方の安全を確認すべき義務があるのにこれを怠り、そのまま時速四、五キロメートルで後退させたため、B点付近で殆んど被告林居宅敷地内に停車していた被害車の左後部に加害車右後部を衝突させたこと
(五) 被害車は最大積載量三五〇キログラムの軽貨物車であり、衝突により左後部のバンパーより上部の車体部分が凹損し、その修理費用は二万一二〇〇円であつたこと、
衝突後、所轄警察署への通報がなされ、警察官が現場に赴いて実況見分をなしたが、被害軽微として物損処理がなされたこと
以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果中、加害車の駐車位置が図面B点(但し斜線で示したもの)であつたとの部分は被告本人尋問の結果に照らして措信しない。
2 原告の治療経過
証人前田利治の証言とこれにより真正に成立したと認められる甲第一号証、同証言と弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第二号証、第七、八号証を総合すると次の事実が認められる。
(一) 原告は事故後、項部痛、頭重感、耳鳴り等があるとして、事故当日に前田整形外科医院で初診、治療を受け、昭和六〇年四月二日までの間、治療実日数一七一日の通院治療を受けたこと
(二) 原告のレントゲン所見では外傷は認められず、頸椎の前湾や消失し、榛状となつていたものの、これは本件事故によるというよりは生活環境的要因によると推認されたこと、もつとも頸椎筋肉中に経年による石灰化がみられたので、衝撃等に弱いと推認される状態であつたこと
(三) 原告は前記前田整形外科医院において頸部湿布、鎮痛剤、消炎鎮痛剤の投与、注射、理化学療法等を受けたが、昭和六〇年一月頃までにはほぼ軽快し、以降は簡単な治療を受けるにとどまり、全体としても軽症であつたこと
以上の事実が認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。
3 右1、2の事実等を総合して検討するに、一般に時速五キロメートル程度の追突では被追突車の乗員に影響がないと解され、加害車は前記程度の速度であつたものの、頸椎症の発現には単に衝撃度合のみならず、被害者の衝突時の姿勢等、諸々の要因が影響するのであつて、被害車の重量は極めて軽く、衝突によつて全体を押し出される形になつたとみられ、また、原告が右方等に気を配つていた際の突然の衝撃であるから、原告頸部に影響を与え得る可能性は存したというべく、前記のとおり原告の頸部の経年的変化もあつたことなども考慮すれば、原告は本件事故によりその主張のとおりの外傷性頸椎症を受傷したものと認めるのが相当である(もつともその程度、原告の稼働に与えた影響については後記のとおである。)。
4 また、前記現場の状況等からみれば、被告が加害車に乗車中に原告が被害車を図面B点付近に停車させたと推認され、被告林の居宅敷地は国道に面して出入りが自由であることなどを考えれば、被害車の如く、その敷地に一時停止する車があることは被告林において予測すべきものの、原告は被告林敷地内に入り、被告車庫出入口付近に停止させたものであるから本件事故の発生につき過失があるというべく、後記損害の三割を減ずる(この限度で抗弁は理由がある。)こととする。
三 損害について
1 治療費
前掲甲第二号証、第七号証、証人前田利治の証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、原告は前記受傷、治療のために六七万三八二〇円の治療費を負担していることが認められるから、前記事故態様、治療経過等を総合して同額を損害と認める(過剰診療として減額すべき事由もない。)。
2 休業損害
前掲乙第一号証の一、二、公務員がその職務上作成したと認められるから真正に成立したと認むべき甲第三号証、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)とこれにより真正に成立したと認められる甲第四ないし第六号証を総合すると、原告は本件事故当時、自宅で新聞配達業を営み、その昭和五九年度の課税申告額は二八二万七二二一円であつたこと、原告は午前三時頃に起床して配達分を仕分けし、従業員に配達させ、原告本人も約二〇〇部の配達をなし、その他に集金などしていたこと、また、原告は日東農研の温室工事契約受注の仕事もなしており、農家等を廻り、園芸物用のガラス温室等を奨励し、工事契約を締結させ、手数料を受け取つていたこと、が認められ、前記通院状況に照らして、新聞販売業について支障はあつたと推認されるものの、原告の項部痛等自体は軽作業にそれ程の影響を与えるものではなく、原告は家族で同販売業を営んでおり、その手助けも可能であることも考え併せると、右販売業による具体的な減収が生じたとは断じ難いといわねばならない。また、日東農研の稼働分についても、原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和六〇年四月一日からは同会社に勤務しているが、その給与は一か月二〇万円であることが認められ、もともと同会社の稼働は新聞販売業により空いた時間を活用していたものであることを考えれば、手数料明細(甲第五、六号証)のとおりの収入があり、ほぼ同額の減収があつたとまで認めることはできない。
右のとおり原告の頸椎症状が原告の新聞販売業及び日東農研の工事契約受注の仕事に与えた影響については判然としないが、右課税申告額及び通院状況等を総合考慮し、労働能力を喪失したものとして休業損害については、一か月三〇万円を基礎とし、昭和五九年七月四日から昭和六〇年一月五日までの間、六か月に限り、その二割である三六万円を損害と認め、その後の分については慰藉料において考慮すれば足りるものと認める。
3 慰藉料
前示の原告の傷害の内容、程度、通院期間等の諸事情に照らし、原告が本件事故によつて被つた傷害に対する慰藉料は六〇万円をもつて相当と認める。
4 車修理代
前記のとおり二万一二〇〇円の修理費用を支出したと認める。
3 交通費
前記のとおり原告は前田整形外科医院に一三六日間通院したものであるところ、原告本人尋問の結果により交通費として一回二八〇円を要したと認め、三万八〇八〇円を損害と認める。
6 右1ないし5の合計額は一六九万三一〇〇円であるから、これからその三割である五〇万七九三〇円を減じると一一八万五一七〇円(但し、被告会社は1ないし3、5の合計額一六七万一九〇〇円から三割の五〇万一五七〇円を減じた一一七万〇三三〇円)となる。
しかるところ、原告が本件訴訟代理人に訴訟追行を委任したことは明らかであり、事案内容、認容額等を総合し、一五万円を弁護費用として損害と認めるから、被告両名は原告に対し、一三三万五一七〇円(但し、被告会社は一三二万〇三三〇円)とこれに対する不法行為後である昭和五九年七月五日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
五 結論
よつて、原告の被告両名に対する請求は、一三三万五一七〇円(但し、被告会社分については一三二万〇三三〇円)とこれに対する昭和五九年七月五日から完済まで年五分の割合による金員の支払を求める限度で認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 牧弘二)
別紙図面 事故発生状況図
<省略>